社畜時代の話※暗いよ!

社畜時代

こんにちは(^^)クソダサ男子プロデューサーの未知子です🌼

今回、『クソダサ男子プロデュース』を始めようと思った経緯…書いていきたいと思います✍️

社畜時代の話がメインになるので内容は暗いです💦

でもだんだん明るくなっていくから心配しないで!笑

私は7年間、精神保健福祉士として病院などで働いてきました。
簡単に言うと、精神障害者の方から生活上、治療上のあらゆる相談を受ける仕事です。
でも、バーンアウトしちゃったんですね(><)

なぜか?原因を考えました。

原因①生活に支障が出るレベルの深刻な悩みが多く、キャパオーバーになってしまった。

これは、勤める機関にもよりますが、どうしても避けられない部分だと思います。
患者さんの大事な人生の局面に立ち会うことが多く、患者さんの多くは『救い』を求めています。
そのぶん、こちらにかけるプレッシャーも重くなる。期待に応えようと、色々やりすぎちゃうんですね。
結果、自分のキャパを越える仕事を抱え込むことになりました。

 

原因②患者さんの抱える悲しみや怒り、不安などの『負の感情』に引っ張られすぎてしまった。

患者さんは切羽詰まった状況に置かれていることが多く、感情をそのままこちらにぶつけてくる方も少なくありません。
精神保健福祉士は、どんな状況であっても常に自身の『感情をコントロール』しながら仕事を進めることが求められるため、『感情労働』とも呼ばれています。

これが私にはきつかった。。

気持ちの切り替えがど下手くそなんです、私。
切り替えができない自分に自己嫌悪し、『プロ失格だ…』と落ち込む毎日でした。

原因③月100時間の残業

単純に労働時間が長いことも原因でした。
転職したてということもあり組織の中では一番下のポジション。新卒の同期の子といっしょに朝一番に出勤し、共有のパソコンの準備をしたりゴミ捨てしたりの雑用が暗黙のルールでした。

また、定時までは患者さんの対応に追われほとんど事務処理ができない状態。
実質、定時が過ぎてから事務作業をするのですがとてもじゃないけど終わりません。結果、終電で帰ることもしばしば…。
夜中一時に就寝し、五時には起きて出社の準備をする生活。
気付いたら、疲れ果てていました。

このようにいくつかの原因が重なり、私は体力的にも精神的にも追い詰められていき、仕事を続けるのが難しくなりました。

『心を病んでる人を支援する側』から、まさかの『支援される側』になってしまったんですね。

受け入れるのに時間がかかりました。
今まで不器用だけど働き続けてきたことに対するプライドもありました。
でも同時に、『もう休むしかないんだな』と思っている自分がいました。

それ以外、選択肢がなかった。

選択できなかった。

判断する力も低下していたと思いますが、当時の私はかなり視野狭窄になっていたと思います。

『働くか、死ぬか』。

この二択以外に選択肢があるんだ、ということを受け入れるまでも時間がかかりました。

こうして、休んだことにより少しずつ体力も精神力を回復していった私は、色々なことを考えるようになります。

→続く

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